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差別について考えた

夕べ、嵐のニノこと二宮和也くん主演のドラマ
『DOOR TO DOOR 僕は脳性まひのトップセールスマン』をフェイと観ました。

内容等興味のある方はリンクしたTBS内の公式サイトを見て頂くとして
もともとニノ好きなフェイ。ドラマ自体は意外と見入っていましたが
やっぱりいつもと違うニノを目にして疑問に感じたことが多かったようです。

「どうして変な歩き方してるの?」
「なんで口が曲がってるの?」
「声がおかしいよ」

アタシは自分の知り得る範囲で脳性まひとはどういった病気で
それが原因でどんな状態になってしまう可能性があるかをムスコに伝えました。

でも、そのあとに「差別はいけないんだよ」と道徳的なことまでは諭しませんでした。

実際いけないでしょう。自分でもいけないと思ってます。
作中でニノに対して「オレも身障者のマネして・・・」と言った男性を
殴った加藤ローサのように行動した経験も何度もあります。

・・・が、普段の自分がたとえそれが軽いものだとしても
差別的ニュアンスを含んだ言葉をどれだけ無意識で発してるか気付いたら
自分の子供にだってそんなこと軽々しく言えなくなってしまったのです。
だってその子は確実にそのうちにそれを耳にするもしくは既にしていると思うから。

「うわっ!ハゲっ」「ダサっ!」「すんげぇデブっ!」
「めっちゃチビ!」「ブッサイクやな~!」「トロ過ぎるっ!」
「オカマみた~い!」「自分、キチガイかよっ!」

たいしたことないと思いますか?特定の人に言わなければOK?
笑い飛ばせる人もいるでしょうが、傷付く人はターゲットが自分でなくても
その言葉のみでも深く深く傷付いたりするもんなんですよね。

真実は見た目だけじゃわからないし、じつは病気だったりするかも知れない。
努力をすれば必ずしも解消出来ることばかりじゃないでしょう。

でも幾つかはアタシも知らず知らずのうちに口にしてるんです。
普段「人格者」と言われるような人の口からだって結構聞いたりします。

簡単にやめられるとも思いません。
だって半分は無意識だから。親たちも言ってたから。
たぶんハンディキャップや大病を抱えてる人に何かを言うよりは
ずっとずっとずっと罪の意識が少ないから。

宗教でも民族でも思想でも少数派は多数派に叩かれ易いけれど
何が正しいのかは結局のところ自己判断に頼るしかないんでしょうね。
多数派に安心する人なら「右へ倣え」でも構わないでしょうが。

未来の子供たちにもただ周囲の意見を受けて真っ当に生きようとするばかりでなく
結論は出なくとも自分なりの様々な考えをめぐらせ成長していって欲しいと考えます。

別の角度から見れば「差別」って言葉自体が思いっきり差別のようにも感じません?
少なくとも自分はずっと偽善者だったような気がしますね。
いや、それっておそらくまだまだ現在進行形ですけど。

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chaay

Author:chaay
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現在はムスコ2号=ニュイの育児で
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